武田八幡宮

春の信玄公祭り 祈願祭で賑わう武田八幡宮

百体の観音像の刻まれた一石百観音石碑

武田八幡宮の麓に広がる棚田 山梨を代表する穀倉地帯である

 

武田八幡宮神楽より神乃舞

武田八幡宮神楽より天の鈿女の舞

素戔嗚鵜命(すさのうのみこと)大蛇退治の舞

初冬の応仁塚(わに塚)

厳寒の武田八幡宮境内

武田八幡宮末社 若宮八幡宮本殿

県指定文化財
武田八幡宮末社 若宮八幡宮本殿
昭和三十六年十二月七日 県指定
神山町北宮地武田八幡宮境内
創建
武田八幡宮末社 若宮八幡宮本殿

武田八幡宮の本殿の南側に、本殿と並ぶ小さな社で、武田八幡宮末社といわれていますが、八幡宮境内にある小さな社といった意味にとらえてよいでしょう。

祭神は武田八幡宮の祭神と全くちがった大鷦鷯命(おおささきのみこと)(仁徳天皇)ですが、沿革や建築年次等は、はっきりとはしていません。

一間社流造桧皮葺で(間口が一()、一(けん)六尺のことではない)身舎(もや)桁行(けたゆき)は一・五メートル、梁間(はりま)一・二メートルの小建築ですが、建築の様式や手法の上から桃山時代から江戸初期(今から四、五百年前)のものと推定されます。

身舎は出組斗栱(でくみときょう)にささえられていて、支輪を備えています。支輪の曲り具合や木鼻の彫りにも特徴があるといわれています。中備としての蟇股(かえるまた)の脚の形と脚の端に施された彫など工夫をしています。

向拝には、六段の階段に昇高欄がついており、本殿正面は幣軸構(へいじゅくがまえ)にしてあり、妻飾は(側面切妻になった所の飾)懸魚(けんぎょ)がつけられ大瓶束()結綿(ゆいわた)(細くくびれた様)になって、虹梁には渦状の模様が彫りこまれ、向拝の虹梁(こうりょう)の木鼻、手挾の形と彫りこまれた模様等小建築とはいえ細かに細工されております。桃山末期ごろの優れた姿が残されているのです。

(『ふるさと読本「かみやま」』韮崎市立神山公民館、1993、53)